彼らの証言



 同じ大学に、ちょっと気になる男の子がいる。
 時々講義が一緒になって、その時に少し挨拶をするくらいの仲だけど、ついつい目が彼を追ってしまう。
 これはきっと、恋だ。


 水沢誠一君。
 それが、彼の名前。


<新崎千賀子の証言>


「そんなに気になるならさー、もうコクっちゃいなって! チカ可愛いんだからいけるっしょ!」
「ミ、ミホちゃん、声が大きい…!」
 ごめんごめんと言いながら、ミホちゃんは紙パックのジュースを口にくわえる。
 刈谷美穂ちゃんとは入学当初からの付き合いだ。
 派手な外見の彼女に初めは少し気後れしたけど、サバサバしてて話しやすくて、今では大好きな友達だ。
「ねえねえ、水沢クンのどこが好きなの? お姉さんに教えて〜!」
 ミホちゃんが瞳を輝かせて身を乗り出す。恋バナ、好きだなあ。私もだけど。


 ……どこが好き、かあ。
 改めて聞かれると少し困る。
 強いて言うなら、雰囲気、かな?  彼の所作は丁寧だ。物を置く時も、扉を開ける時も、乱暴にしない。
 それと、真面目な所。
 講義を休んだことは無いし、レジュメもきちんとまとめてある。教授の目の前の席にだって平気で座る。そういう所。
 でも、一番好きなのは。
「……前にね、同じ講義の男の子が、水沢君にレジュメ見せてって頼んだの。休んでたからって。でも水沢君、嫌だって言って。その男の子、病欠とかじゃなくて、サボりだったから」
 その男の子は、おとなしそうな水沢君なら言うことを聞くと思ったのだろう。きっぱり断られて、少し怒っていて。
 一方の水沢君は、そんな彼に目もくれずに手元の本(水沢君は読書家だ)を開いていた。


「……うーん……まあ、趣味は人それぞれだよね」
「……やっぱ変かな」
「あたしにはただのKYにしか聞こえないわ……」
「あはは……」
 何とも言えない顔のミホちゃんに苦笑する。
「私、八方美人だから。水沢君みたいにはっきり言えちゃう人って、格好いいなって」
 だからミホちゃんとも仲良しなのだ。彼女もはっきりと物を言う。そういうのが嫌だって人もいるけど、私は好き。
「なるほど。で、コクんないの?」
「そ、それはちょっと……ハードル高いかな……。付き合ってる人いるかもだし……」
「彼女いそうには見えないけど」
 はっきり言うなあ。
「あ、じゃあ彼女いるかどうか、あたしが聞いてきてあげようか?」
「えっ、それもちょっと……」
「何でよ!」
「だって、私とミホちゃんが仲良いって水沢君も知ってるし。ミホちゃんにそんなこと聞かれたら、私のために探り入れてるってバレちゃうかもだし……」
「コクるの前提なんだからバレてもいいじゃん」
「駄目なの!」
「めんどくさ!」
 だってバレたら、それで振られたら、もう普通に話すこともできなくなる。……それは嫌だ。


「あ、じゃあ交換しない? あたしナオキのこと気になるんだよね。水沢クンとナオキって高校同じらしいじゃん、彼女いるかくらい知ってるんじゃない?」
「ナオキって……笠原君?」
「そう! あたしがナオキに水沢クンのこと聞くから、チカは水沢クンにナオキのこと聞いてよ!」
 ……それなら何とかなりそうだ。直接本人について尋ねるよりもハードルは低い。


 それにしても、笠原君か。
 明るいミホちゃんとは、確かにお似合いかも。
「……」
 でも、私は笠原君が、少し苦手だ。
 例えば講義中に寝ちゃうところとか。いつも大きな声で話すところとか。私のことを「チカちゃん」って呼ぶところとか。
 嫌いと言うほどではなくて、ちょっと合わないなってだけ。
 いい人なんだけどね。
 私はやっぱり、水沢君みたいな人が好きだなあ。


 ***


 教授が学会に出るとかで2限は休講。特にすることも無く、どこかで時間を潰そうと構内を散策することにした。


「おっ、チカちゃん! サボり?」
 不意に声をかけられて振り向くと、笠原君がニコニコと手を振っていた。
「違うよ、休講だって。笠原君は?」
「オレは自主休講ー」
「……」
 こういうところが苦手なんだよなあ。本人の責任って言えばそうなんだけど。
「水沢君は一緒じゃないの?」
「水沢? この後も講義入ってんじゃなかったっけ」
「そっかあ……」
「チカちゃん水沢のこと好きだよな」
「え!?」
 ぎょっとして笠原君を見ると、普段の笑みが消えた、冷たい顔がそこにあった。
「そ、そんなこと、ないけど」
「えーでもミホが言ってたぜ?」
 ミホちゃん、何てことを! 「まあ違うなら良かった。
 ――水沢、付き合ってる奴いるからさ」
「……え?」


 そんなはずはない。
 先日、ミホちゃんが確かめてくれたのだ。
 水沢君に付き合ってる人はいない。
 そう聞いた相手は、私の目の前にいる、彼だったはず。


「う、うそ」
「嘘じゃねえって。……あー、ミホには嘘ついちまったけど。今度のが本当」
「……何で、ミホちゃんには」
「あいつ、悪い奴じゃねえけど、結構口軽いじゃん? 広まっと困んだよ。
 ……水沢と付き合ってんの、オレだから」


 ……「オレだから」
? 「オレ」というのは笠原君のことで、つまり、水沢君と笠原君は――。


 ぱち、ぱち、と、頭の中でパズルのピースがはまっていく。
 今まで見過ごしてきた風景が再生されて、その意味を変えていく。


 彼らはいつも一緒にいた。
 笠原君の周りに誰かがいると、水沢君は少し不機嫌だった。
 水沢君に、笠原君に付き合っている人はいるかと尋ねた時、彼は少し悲しそうで。
 それに、さっきの笠原君の冷たい顔――。


 ぶわっと顔が熱くなる。
 そうか。そうだったんだ。
 この2人は恋人同士で、誰にも言えない関係で、それで、それで――。


「……チカちゃんにはホントのこと言っとこうと思ってさ。……内緒な?」
 笠原君の言葉に、小さく頷くだけしかできない。
 頭の中で、好きな人と両想いになれない悲しさと秘密を知ってしまった仄暗い喜びが渦を巻く。
 悲しいけど悔しくはない。土俵が違うというやつだ。最初から、勝負にすらならない。


 笠原君は見たことの無い、大人っぽい微笑みを浮かべていた。



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