彼らの証言
――昔から残る言葉ってのはね、残るだけの意味があるのよ――
それが婆ちゃんの口癖だ。
<笠原直樹の証言>
「だからさぁ、チカが水沢クンのこと好きなんだって! ね、協力してよ!」
オレの腕を掴んで喚いているのは刈谷美穂。大学で知り合った派手目な女子だ。
チカというのは新崎千賀子。彼女の友人。刈谷美穂と違って、真面目系の大人しい子だ。
チカちゃん、君の友達は、ちょっと口が軽過ぎないかい? ヘリウムガスでも吸ったのかい?
「いや〜、そういうのはホラ、本人同士でさ……」
「そんなこと言ってたら、あの2人じゃ1万年経っても進展しないって! 水沢クン今フリーなんでしょ? ねぇ!」
1万年どころか1億年でも無理じゃないっすかね?
……つーか、オレがさせねえし。
チカちゃんが水沢をねえ? まあ、お似合いじゃないっすか? 真面目で誠実なお2人さん。
さぞかし健全で、初々しい、甘酸っぱいお付き合いをなさるんでしょう。
あーやだやだ、想像できちまう。吐き気がするね。
これがミホなら、まだオレの腕を掴んで離さないこの女なら、こんな気分にはならないのに。
だってミホは水沢の好みじゃない。水沢の好みは、大人しくて真面目で男慣れしてなさそうな。そう、チカちゃんみたいな子だ。
獣の唸る声がする。
うるせえな、分かってるよ。
***
顔を真っ赤にしたチカちゃんが走り去っていく。
これであの女は大丈夫。
チカちゃんとオレは、全然似てないけど似た者同士だ。
――人に嫌われたくない、八方美人。
八方美人というのは、誰にでもいい顔をする奴のこと。皆に『いい人』と思われたい、それが八方美人。
だからチカちゃんはオレ達のヒミツを喋らない。喋れない。
そんなことをしたら、彼女は『秘密を言いふらす悪い人』になってしまう。
水沢に直接問いただすこともしないだろう。
後は――さっき話したことを、真実にするだけだ。
***
何度目かのキスをする。
窓の外は綺麗な茜色に染まっていた。
水沢の顔も、あの空と同じ色。
「ん……っ」
息苦しいのか、水沢の目尻に薄く涙が浮かんでいる。なのにやめようと言わないから、オレは調子に乗るしかない。
やっと、やっと収穫できた。
少しずつ蒔いた種が芽を出して、大きくなれと水をやって。
今日、やっと。
「かさ、はら」
「……直樹って呼べよ」
「う、うるさい!」
「ちぇ……」
これはまだ無理か。
素直じゃない口をもう一度塞ぐ。
唇を軽く舐めてやると、水沢の体がびくんと跳ねた。
――昔から残る言葉ってのはね、残るだけの意味があるのよ――
「押して駄目なら……ってな」
「は?」
「いーや、何でも」
「ちょ……っ! んん……っ」
ああ、ああ、ああ!
この唇も。瞳も。声も。
髪も。肌も。吐息も。心も。
ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶオレの。
オレだけの。
獣の声は、もう聞こえない。
【TRUE END 沈黙】
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